Statement

幼稚園の卒業アルバムの絵画制作が先生にも親にも絶賛されたことがきっかけで絵が好きになる。小学校2年生から高校2年生まで、水彩や油絵を一色ちか子先生に師事した。この頃は、展示や販売、表現方法など一切気にせず、純粋に絵が好きで描いていた。自己肯定感の低い思春期を過ごしていたが、自己存在の証明として絵と向き合い、絵を描く時間だけは自分を好きでいられた。

しかし、絵の道には進まず、石田は父親の教えに従い、資格を取って経済的に自立した女性になった。

企業で働く間も、自己存在の証明として絵を描き続け、この頃は金子透先生の師事し、主に動物をモチーフとして選び、生き辛さの叫びを環境破壊される動物たちの声と重ね合わせ昇華させた。

このように石田の絵画は、自己の存在証明としてのアートである期間が長く、2016年から開始した展示活動では自分の命そのものである作品に値段をつけることに違和感と抵抗を感じたが、近年は資本主義に合わせた作品制作をしている。

資本主義の元で生きるの息苦しさへの自問は「マルクス経済学」を読んで明快になる。資本主義における学校教育から始まり企業と労働と自分との関係が論理的に説明されていて、自分が置かれた状況を初めて客観的に理解できたのは近年における大きな感動のひとつであり、作品にも盛り込んでいる。

🟠月

月の持つ、怖い程澄み切った冷たい美しさに何度心を癒されたことだろう。

月は、古来から万物にとって最も身近な鑑賞物として、どれだけの人に眺められてきたのだろう。

月を眺めていると、過去・現在・未来の時間軸が消え、月が全ての命を繋げ、孤独感が和らぎ、不思議な一体感を覚える。

🟠鉄
資本主義社会の中で生を授かった私達。

資本の一滴として、個々の労働は飲み込まれ、循環して行く。人々は美しく舞い、そして散る。

資本主義社会の大きな渦の中、まるで枯葉のように吹き飛ばされそうになる脆い自我は重厚な鉄の頼もしさに惹かれる。

🟠動物
人間のエゴ剥き出しの振る舞いに達観したような動物達の眼差し。

人間の行う経済活動の行く末を案じながら、理不尽なことに対する怒りをキャンバス上の動物達に投じて自らを支えてきた。

人間は動物と距離を取りつつも人間との関わりは深く、全ての命と存在は絶妙な均衡を保ちながら網目の様に繋がっている。